天命
大好きな伯父が亡くなった。前にも書いた伯父さん。
5月末、いつもの町医者に血圧の薬をもらいに行った時に目をのぞかれ「黄疸が出てるよ!」と大きな病院を紹介され、さらにガン専門の病院に移って
「すい臓がんです。余命6ヶ月です。」
と告知された。
毎年人間ドック、脳ドックに行っていて健康には人一倍気をつけていた伯父。毎年検査を受けていた病院に怒鳴りつけるも、もうどうにもならない。
イギリスに嫁いだ二女が帰ってきて付きっ切りの看護をした。二女、私のいとこは、2人の子供を連れて帰っていたが、上の子の9月の入学式に備えパパに連れられ2人とも帰国。いとこは、家族と離れ、父親の看護にあたった。家族と離れさみしかっただろう。上の子はだいぶすねてしまっていると言っていた。伯父の長女は体調を崩し入院したりだった。自分の体調が悪く、父親の看護もあまりできず、看護婦の彼女もつらかったと思う。
私が伯父のことを聞き、6月にお見舞いに行った時
「人の命ははかないなぁ。。」
すごく痩せてしまった伯父。私はできるだけ普通にするのに必死だった。
そのころの伯父は自分の頭がまだしっかりしているうちに、と、いろんな整理をしていた。
8月に実家に帰った際にも伯父のお見舞いに行った。一日のうちでもだいぶ差があって、調子いいと思っていると一気に悪くなって入院ということもあるようだった。
9月に入った先週、次は10月頃にお見舞いにいけるかなぁと思っていた矢先の水曜日
「会わせたい人がいれば会わせて下さい」
と医者に言われたと伯母からうちの父に連絡があり、すぐ私にも連絡が入った。
ええ。。!?そんな。。と翌日の朝、あーぼーを連れて、電車を乗り継ぎ実家へ。そして病院へ。酸素マスクに点滴、尿が流れる管も付いていた。6月に会った時からさらに変わり果ててしまった伯父の姿を見て涙がこぼれてしまった。伯父はもうろうとしながらも
「○○家を頼むな。。ばーちゃん(母親)を頼むな。。」
2人きりの兄弟。伯父さんはうちの父の手を握りながら、やっと出てくるかすり声で言った。父は
「あにき、もう少しがんばってくれよ。。」
と涙を流しながら返した。
私は、父の涙を生まれて初めてみた。
私はなんて話ていいのか解らず
「ゆきだよ!来たよ!」
と言って泣きながら手を握り締めた。
その後、何度か顔を見に行っても寝ている姿だった。土曜日にはジョーも来たがやはり寝ている伯父にしか会えなかった。起きていても意識がもうろうとしたり、錯覚をおこしたりのようだった。
日曜日、だんだん容態は悪くなっているようだったが、私たちは実家から一旦自宅に帰った。夜、お風呂に入っている時「もうダメかも。。」と連絡が入り、数分後「亡くなったって。。。」
お風呂場でしばらく泣いた。。
69歳。仕事人間だった。その他にもまだまだやりたいことは山ほどあったろう。。
月曜日、再びあーぼーを連れて実家に帰った。
不思議なもので、伯父の母親(私の祖母)は、伯父が一気に具合が悪くなったころから同じく具合が悪くなり、この日、月曜日から入院になった。
93歳で体力などだいぶ弱くなってきている祖母には、伯父は「ちょっと体調が悪いんだよ」しばらくして「入院してるんだよ」と父が説明していた。祖母が伯父に最後に会ったのは一気に具合が悪くなる前日の入院先の病院で。
「ずいぶん痩せてしまったなぁ」
と気にしながらも、何も聞かされていない祖母は普段どおりに伯父に接していたらしい。
そんな祖母に伯父のことを言えるはずもなく。。。祖母の病院には合間をぬって様子を見に行きバタバタだった。そして不思議なことに告別式が終わった日から、祖母の体調が少しづつ良くなっているようだった。
私は「おじちゃん、お疲れさまでした。いろいろお世話になったね。ありがとう。それからユーニのことよろしくお願いします。抱っこしてやって下さい、遊んでやって下さい」とお別れした。
おじちゃん、本当にありがとう。


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